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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2501号 判決 1986年8月27日

昭和五八年(ネ)第二五〇一号事件控訴人 同年(ネ)第二五〇三号事件被控訴人

(第一審本訴被告・反訴原告、以下「第一審被告」という。)

吉川みよ

右訴訟代理人弁護士

蓬田武

昭和五八年(ネ)第二五〇一号事件被控訴人 同年(ネ)第二五〇三号事件控訴人

(第一審本訴原告・反訴被告、以下「第一審原告」という。)

澤田美樹

右訴訟代理人弁護士

杉本昌純

主文

一  第一審原告の控訴を棄却する。

二  第一審原告の当審における新請求につき

1  第一審原告と第一審被告間における原判決添付の別紙物件目録記載の建物に関する賃貸借契約の賃料は、昭和五〇年五月一日から同六〇年二月二八日まで一か月四万二〇〇〇円、同年三月一日から一か月六万七〇〇〇円であることを確認する。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

三  控訴審における訴訟費用は二分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(第一審原告)

1  原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。

2  第一審被告の反訴請求を棄却する。

3  訴え変更後の新請求

第一審原告と第一審被告間の原判決添付の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に関する賃貸借の賃料は、昭和五〇年五月一日から同六〇年二月二八日まで一か月五万五〇〇〇円、同年三月一日から一か月八万円であることを確認する。

4  第一審被告の控訴を棄却する。

5  訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

(第一審被告)

1  第一審原告の当審における請求を棄却する。

2  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

二  第一審原告の本訴請求原因

1  野崎吉太郎は昭和七年五月ころその所有にかかる本件建物を吉川繁太郎に賃貸した。

2  野崎吉太郎は昭和四五年六月五日死亡し、その長男由男も昭和三六年四月一〇日既に死亡していたので、同人の子である第一審原告が代襲相続により本件建物の所有権を取得し、右賃貸人たる地位を承継した。

3  他方、吉川繁太郎は昭和三四年一月一九日死亡し、同人の妻與之為が本件建物の賃借権を相続したが、同人も昭和四八年一二月二四日死亡したため、子である第一審被告が前記賃借権を相続した。

4(一)  本件建物の賃料は、昭和四八年二月以降一か月一万六五〇〇円である。

(二)  ところが、その後本件建物及び敷地に対する公租公課の増大、物価の上昇、近隣建物の賃料高騰等に対比し、本件建物の右賃料額は不当に低額となつた。

(三)  そこで、第一審原告は、第一審被告に対し、昭和五〇年四月四日同賃料を同年五月分以降一か月五万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

また、昭和六〇年二月二〇日の当審第三回口頭弁論期日において、第一審原告は第一審被告に対し同年三月一日以降の賃料を一か月八万円に増額請求する旨の意思表示をした。

よつて、前記賃料額の確認を求める。

三  第一審被告の答弁

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の(一)の事実は認め、同(二)の事実は不知、同(三)の事実は否認する。

四  第一審被告の抗弁

1  仮に第一審原告主張の賃料増額請求がなされたとしても、それは第一審被告を相手方として申し立てた家賃増額等の民事調停期日においてされたところ、昭和五〇年七月九日右調停申立の取下げにより撤回された。

2  本件建物は、店舗として使用されている部分(事業用部分)が一階のうち二〇・三一平方メートル、居住用部分が一階の一部と二階全部で三一・六五平方メートルであるから、地代家賃統制令の適用を受ける「併用住宅」に当り、同令五条二項及び「地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等を定める告示」(昭和二七年建設省告示一四一八号、同四九年同告示六二四号)によれば、昭和五〇年度の本件建物の家賃統制額は、一か月一万二七六一円である。したがつて、これを超える増額請求は許されない。

五  抗弁に対する第一審原告の認否

1  抗弁1の事実のうち、増額請求が撤回された点を否認し、その余を認める。

2  抗弁2は争う。本件建物は、事業用部分が二五・九八平方メートルであり、地代家賃統制令の適用を受けない。

六  第一審被告の反訴請求原因

本訴請求原因1ないし3記載のとおりである。

七  第一審原告の答弁

反訴請求原因事実は認める。

八  第一審原告の抗弁

1  第一審原告は、昭和五〇年七月二五日第一審被告に対し本件賃貸借契約の解約を申し入れた。

2  右解約申入れにつき次の正当事由が存する。

第一審原告は、前記解約申入れ時点では高校生であり、母美智子の写植業による収入が唯一の生計の資であるところ、同人の高血圧症等のためその事業継続が困難となり、他から賃借中のアパート賃料一か月六万円の支払は過重であるから、本件建物を自ら使用する必要がある。

九  抗弁に対する第一審被告の認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の事実のうち、美智子が高血圧症に悩まされていることは認めるが、その余は否認する。

3  第一審被告は、本件解約申入れ当時、本件建物に単独で居住し、喫茶店「みその」を経営し、その収益が唯一の生計の資となつているところ、ほとんど固定客が対象であるから、右店舗を移転して営業継続をはかることは困難である。

他方、第一審原告自身、現在就職して収入がある。

一〇  証拠<省略>

理由

一本訴請求原因(反訴請求原因)1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二第一審原告は正当事由に基づく解約を主張し、その解約申入れの事実は当事者間に争いないけれども、当裁判所も、右解約申入れは、正当事由を具備するものではないと判断するものであり、その理由は、原判決書一三枚目表三行目から同一九枚目裏八行目までの理由説示と同一である(ただし、同一九枚目表五行目中「いる」の下に「の」を加え、同裏六行目から七行目にかけての「原告がその主張する立退料を提供したとしても、」を削る。)から、ここにこれを引用する。

したがつて、第一審被告の本件建物賃借権は第一審原告主張の解約の意思表示によつて消滅しないで存続し、これが賃借権確認を求める反訴請求は、理由がある。

三そこで、第一審原告の賃料増額請求について判断する。

1  昭和四八年二月当時の合意賃料額が一か月一万六五〇〇円であつたこと、第一審原告が賃料増額等の民事調停において、昭和五〇年四月四日第一審原告主張の増額請求の意思表示をしたこと、右調停申立が取下げられたことは当事者間に争いがない。

ところで、第一審被告は右調停申立取下げにより増額請求の意思表示も撤回されたものと主張するけれども、<証拠>によると、第一審原告は調停成立の見込みがないため右調停申立を取下げたものであつて、これにより前記賃料増額請求の意思表示を撤回したものでないことが認められるので、第一審被告の右主張は採用の限りではない。

2  また、第一審原告が当審第三回口頭弁論期日(昭和六〇年二月二〇日)において昭和六〇年三月一日以降の賃料を一か月八万円に増額請求の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。

3  <証拠>を総合すると、本件建物は、一階のうち事業用部分の面積が二三平方メートル以下であり、居住用部分は一階の右以外の部分と二階の全部合計九九平方メートル以下であることが認められるので、本件建物は地代家賃統制令の適用を受ける併用住宅に当る(同令二三条二項但書、三項、同施行規則一一条)。

4  しかし、地代家賃統制令の適用を受ける借家の賃料も、裁判によつて家賃の額を定める場合には、統制額を超えて適正な額を定めることができるものと解すべきであるから、統制額を超える増額請求は許されないとする第一審被告の主張は採用できない。

裁判所は、同令の趣旨を尊重し、当該家屋に適用される統制額をも考慮したうえ適正賃料を決定すべきであり、かかる見地から本件賃貸借における適正賃料を検討する。

(一)  まず、本件賃貸借契約が締結された経緯をみるに、前記争いのない事実によると、第一審被告の先代繁太郎は昭和七年から本件建物を賃借しているが、それは、<証拠>によれば、第一審原告の祖父に当る野崎吉太郎の母と繁太郎の妻とが従姉妹関係にあつたことから、繁太郎は吉太郎に懇請されて本件建物を賃借するに至つたことが認められる。

(二)<証拠>によると、統制賃料額は次のとおりである。

(1) 昭和五〇年五月一日当時の統制賃料額

地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等を定める告示(昭和二七年建設省告示一四一八号、同四九年同告示六二四号)により算出。

(3)統制家賃=地代(10,485円)+純家賃(2,276円)=12,761円

(2) 昭和六〇年三月一日当時の統制賃料額

前記告示(昭和五八年建設省告示二〇四二号)により算出。

(3)統制家賃=地代(18,651円)+純家賃(10,178円)=28,829円

(三)  上記統制賃料額及び<証拠>を総合すると、

(1) 従前の賃料が合意された昭和四八年二月以降前記増額請求時点の昭和五〇年五月一日までの間に、土地の価格を含む諸物価は相当程度上昇しており、それに伴い土地建物に対する公租公課もかなり増額され、昭和五〇年度の本件土地建物の固定資産税、都市計画税合計四万〇四一〇円、同六〇年度のそれが九万五九一〇円となつた結果、従前賃料一か月一万六五〇〇円は本件建物の賃料として不相当となつていること

(2) もともと、本件賃貸借契約締結の経緯から、従前の合意賃料は当時の賃料水準と対比してもかなり低めに決められており、本件建物の周辺は、交通至便な神田書店街に連なる商業地であつて、本件建物の一階部分のうち、一九・八三平方メートルが喫茶店営業用店舗であること

(3)  当審鑑定結果では、利回り法、スライド法、差額配分法(積算法、事例比較法)等により各試算値を算出のうえ、地代家賃統制令の適用を考慮外とした場合、昭和六〇年三月一日現在の賃料は、差額配分法による月額一〇万六〇〇〇円を妥当なものとしたうえ、統制賃料額二万八八二九円を参酌するにつき前者を六、後者を四の比率により算出し、月額七万五〇〇〇円をもつて相当であるとし、ついで、昭和五〇年五月一日時点の賃料を消費者物価指数一五八分の一〇〇を乗ずる等により月額四万六〇〇〇円と算出していること

以上の事実が認められる。

(四) しかしながら、当裁判所は、本件賃料額の決定につき統制賃料額をより重視し、前記差額配分法による月額賃料一〇万六〇〇〇円と統制賃料額二万八八二九円との平均値に近い月額六万七〇〇〇円をもつて適正賃料額と定めるのが相当であると解する。

したがつて、昭和五〇年五月一日時点の賃料額は、これに消費者物価指数一五八分の一〇〇を乗じて得た額を基準として月額四万二〇〇〇円と決定すべきである。

四叙上の次第で、原判決中第一審被告の反訴請求に基づき賃借権の存することを確認した部分は相当であつて、この点に関する第一審原告の控訴は理由がなく、当審における訴えの交換的変更に基づく第一審原告の本訴請求のうち、昭和五〇年五月一日から同六〇年二月二八日までの賃料一か月四万二〇〇〇円、同年三月一日以降一か月六万七〇〇〇円であることの確認を求める部分は理由があり、その余の請求は理由がない。

よつて、第一審原告の控訴を棄却し、第一審原告の本訴請求は右限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官舘 忠彦 裁判官牧山市治 裁判官赤塚信雄)

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